キレないことを、どう教えていくのか?
「キレるな」言うのは簡単です。
腹が立った時。思い通りにならなかった時。嫌なことを言われた時。
自分の気持ちを分かってもらえなかった時。
感情が爆発してしまう。
そして周りは言う。
「落ち着いて」
「怒ったらダメ」
「我慢しなさい」 でも、私は思うんです。
本当にそれだけで、“キレない人”になれるのだろうか?
キレる人は、最初からキレたくてキレているわけではない。
言葉にできない。気持ちを整理できない。どう助けを求めればいいか分からない。
嫌だと言う方法を知らない。
だから最後に残った手段が、
怒鳴ること。
物に当たること。
人を傷つけること。
その場から逃げること。 なのかもしれません。
だから「キレるな」と押さえつけるだけでは、何も教えていない。
大切なのは、キレる前に、どうすればいいのかを教えること。
腹が立ったら、その場を離れていい。「嫌だ」と言っていい。
「分からない」と助けを求めていい。深呼吸をしてもいい。
先生や職員に「今、イライラしている」と伝えてもいい。
つまり、感情を消すことを教えるのではない。感情との付き合い方を教える。
ここを間違えてはいけないと思います。
そして、私たち支援者にも覚悟が必要です。
利用者さんがキレた時だけ、「問題行動です」で終わらせていないだろうか?
「また始まった」 「面倒くさい」心のどこかで、そう思っていないだろうか?
もしそうなら、その瞬間に私たちの支援は止まっています。
なぜキレたのか?その前に何があったのか?何を我慢していたのか?
何を伝えたかったのか?
そこを見ようとせず、ただ「落ち着かせる」ことだけに必死になってしまえば、
次もまた同じことが起こる。
そして私たちは、「何度言っても分からない」と言う。
でも、本当に分からないのは利用者さんだけでしょうか?
私たちが、その人の“キレる理由”を理解しようとしていないだけかもしれない。
もちろん、暴力や暴言を許すということではありません。
誰かを傷つけていいわけではない。物を壊していいわけでもない。
そこには、きちんと線引きが必要です。
優しさだけでは守れないこともあります。
時には、「それは違う」「人を傷つけることは許されない」と、はっきり伝えることも支援です。
ただし、叱って終わり。 止めて終わり。 謝らせて終わり。
それでは何も変わらない。
大切なのは、その後です。「次に同じ気持ちになったら、どうする?」
ここを一緒に考える。何度でも。また失敗しても。またキレても。
そのたびに、
“キレない方法”を一緒に増やしていく。それが支援なのだと思います。
人は、一度言われただけでは変わりません。大人だってそうです。
嫌なことがあれば顔に出る。
理不尽なことがあれば腹が立つ。
追い詰められれば言葉が荒くなる。
それなのに子どもや利用者さんにだけ、「感情をコントロールしなさい」
と言って、自分たちは感情のままに職員同士で愚痴を言い、利用者さんの前で態度に出していたら……。
それは教育でも支援でもない。
ただの“自分には甘く、相手には厳しい”という話です。
キレないことを教えるなら、まず私たち大人が見せなければならない。
感情的になった時にどうするのか。意見が違う時にどう話すのか。
腹が立っても、どう相手と向き合うのか。
利用者さんは、私たちの言葉よりも、私たちの姿を見ています。
「キレるな」と100回言うより、目の前の大人が、怒りを言葉に変える姿を見せる。
そのほうが、よほど伝わる。キレないことは、我慢することではない。
自分の感情を知り、相手を傷つけない方法を選び、
助けを求め、言葉にする力を身につけること。
それは、これから先、学校でも、家庭でも、仕事でも、人間関係でも、
きっとその人自身を守ってくれる力になる。
だから私たちは、キレたことだけを責めるのではなく、
「この人は、次にどうすれば自分を守れるのか」
そこまで考えたい。キレない人をつくるのではない。
怒らない人をつくるのでもない。
怒りや苦しさを、自分や誰かを傷つけずに伝えられる人を育てる。
それが、私たち福祉に関わる人間の仕事の一つではないでしょうか。
怒ってしまったことよりも、その後に何を学べたのか。
失敗したことよりも、次に違う方法を選べるようになったのか。
そこを見失わない支援をしていきたい。
「キレるな」で終わらせない。「じゃあ、どうすればいい?」を一緒に探し続ける。
それが、本当の支援だと私は思います。

